わたしいろのまいにち

My color My Life

わたしが出来るまで

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もう私にはそれしか道はない。

自宅サロンを開業するときは、本当にそう思っていました。
今までの辛い道のりは、ここにたどり着くためにあるのだと。
そして、今度は自分が傷ついた人の心に寄り添うのだと。
今思うと、恥ずかしいお話ですが本当に当時はそう信じていました。

サロンを開業するにあたり・・・と言っても、
素人で、とりあえずやってみて軌道に乗ったら、
と言う今思うと甘い考えでしたので開業手続きなどはさておき。

とりあえず、サロンで提供するメニューを考えました。

それまでの、ネイルとオーラソーマでは少し弱いと感じたので、
どちらの施術と組み合わせても相性の良い、ハンドトリートメントを
メニューに取り入れることにしました。

そうするとハンドトリートメントの施術を学ばなくてはなりません。
肌が弱い私は、施術に使うプロダクトも重要な要素でした。

そんな時、ある癒しサイトでコスメのサンプルに当選します。
使用した瞬間、直感で『これだ!』と感じました。

すぐにそのコスメのサイトを見に行くと、
なんとプロダクトを使ったハンドトリートメントを推奨していて、
社長からその施術を伝授していただけるとのこと

すぐにメールをしたところ、お返事をいただき、
社長に会いに行くことになりました。



わたしのこと。なかなか最近更新できませんが
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休暇中に友人に勧められ、一度精神科を受診しようと思ったことがあります。

精神科に電話するとなんと2ヶ月待ち。

世の中にはこんなに心を病んでいる人がいるのだと知り、衝撃を受けました。

その時私が思ったのは、

それならば私がセラピストになって、困っている人たちを助ける

ということ。
今思うと、自分も病んでいるのに信じられないことなのですが
本気でそう思っていました。

当時は、人生で起きたこと、会社を辞めざる終えない状況になったのは、
自分にセラピストとして生きるという使命があると信じ切っていましたので、
どこかに再就職をするという発想が全くありませんでした。
ですので、体調の回復を待ち、自宅サロンオープンに向けて準備を開始。

まずは重くなった体をどうにかしようと、毎日7キロのウォーキングや
運動を始めます。

その他起業セミナーに通ったり、ホームページの作成、
自宅サロンで提供するメニューを考えたり・・・。

オープンに向けて精力的に活動を始めると、どんなに運動しても
全く落ちなかった体重がどんどん落ちだしました。

一気に7キロの減量に成功(笑)

人のカラダってすごいものだと思いました。






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んー。なかなか慌ただしくなってきて、このシリーズ書く余裕が
最近とれません。が一週間ぶりの更新です。
そしてうまく書ける自信がないですがよろしかったら・・・。

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有休消化の期間は、思うように体調は戻りませんでした。
ところが、退職した瞬間から体はみるみる回復。

体調の回復を待って、同僚や後輩が送別会を開いてくれました。
さすがに部署の送別会は避けられなかったのですが、
とにかく仕事などのストレスが原因だったので、そういった会は
気心ゆるせる人からのお誘いだけを受けました。

その時点でも、両親には退職を切り出せていなかったのですが、
職場でずっとお世話になっていた、女性常務が食事に誘って下さり
そのことを話した時、母親にだけは話すべきだと諭されました。

その後母に話すと、母は娘の異変に気付いていました。
意外なことに、「長いことよく頑張ったね」と一言だけ言ってくれて、
体調が回復するまで、父にはこのことを伏せようと言ってくれました。

母に話せたことで少し気持ちが楽になり、本当の意味での休養の日々が
始まりました。

初めての一人旅もこの時経験しました。

長いこと食べられなかった反動で美味しいものを食べまくり、
7キロ以上体重が増え、人生最大体重を経験したのもこの頃。

それまでの服は着られなくなったりきつくなったりでしたが、
その時はそれをまだ自分にゆるしておりました。

ハローワークに通い、失業保険をもらって日々何もせず暮らす。
この何もしていない時期の旅行以外の記憶が消えているのは、
本当に無の時間だったからなのかもしれません。





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そこそこ仕事を持っていた私は、退職を上に伝えても
なかなか認めてもらえませんでした。

困っているところに仲良くしていた保険会社の人が来て相談すると、
社長に直接交渉してはと提案されました。

そんな話をしていたら社長登場。
切羽詰まっていた私は、その場で社長に駆け寄り退職を願い出ました。

社長は、すぐに動いてくれて、後任者を決め退職願いは受理されました。
そして早く気づいてやれなくて申し訳なかったと頭まで下げてくれました。
社長が悪いわけではないので申し訳ない気持ちになりましたが
本当にありがたかった。


退職を決めたころは、もうほぼほぼ食事が摂れなくなっておりました。
気晴らしい友人と好きなお店にごはんを食べに行っても
全く食べられず店の人に出した食事に問題があったと心配される始末。

人生の最大の楽しみを奪われ、そんなに食べていないのに痩せもせず。
面白くないこと尽くし。

二週間ほどで引き継ぎなどを終え、有休消化に入り休暇に入ると、
毎日繰り返していた朝の吐き気もすぐに止まりました。

人間の体の不思議。ストレスの恐ろしさ。

心は病み切っていましたので一人自宅で静養する日々が始まりました。






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このままでは本当に死んでしまうかも?

と本気で感じた私は退職を決意します。

実は以前、職場でのパワハラがひどかった時に
一度退職を決意したことがありました。
両親に相談すると猛烈な反対を受けて、それはかないませんでした。

その時は、理不尽な嫌がらせを何年も受けて限界を感じながらも、
仕事を頑張った結果、その年の社長賞を受賞したタイミングだったので、
両親にしてみたら、もったいないという気持ちが強かったのだと思います。

私にとっては、パワハラに屈せず心をがちがちにして、
がんばった結果が出たということで区切りをつけるには良い
タイミングだったのですが、それは全く伝わらず。

でも親が止めて思いとどまったということは、自分でもまだできるという
気持ちもあったからかもしれません。

なので、今回の退職は誰にも相談せずひとりで決めました。
今回は、止められたら死んじゃうって思っていたので。

なので黙って準備をすすめていました。





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