自分のことを振り返って書くってどこを抜粋したらいいか
なかなか難しいものです。

と言うことで、何とか苦戦しながら前回の続きを書いてみました。
よろしかったら付き合いください。



前回までのお話はこちら→  ③

苦手なことに飛び込むというのは
私の人生の専売特許のようなもの。

ネイルもそうですが、中学時代は足が遅いのに
陸上部に入り周囲を驚かせたことがありました。

結果、入部1年たらずで私のイメージは、
鈍足から俊足と入れ替わり、周囲の評価と言うものは、
随分あっさり変わるものだと思ったものです。

それは、鈍足と周囲から笑われたから見返してやろうとか、
涙ぐましい努力をしたからとかではなく、
私にとって最善の選択をした結果がそれだったのです。

ちなみに陸上部の時は、先輩後輩の上下関係が他の部よりないというだけで
陸上部を選びました。
自分の足が遅いなんてどうでもよかった(笑)

ネイルも同じで、妹や古くからの友人に
その不器用でよくも図々しい・・・などという手厳しい反応があっても、

私はただ、あの感動の施術を自分で出来るようになりたい。

その純粋な自らの欲だけで入学を決めたのでした。

自分でも予想していた通り、スクールでは劣等生。
同期が当たり前のようにできることが何一つできませんでした。

ただ私は、もともと色々なことが器用に出来ないので、
出来ないのが当たり前。みんなはすごいなぁっていつもポケッと思っているタイプ。
なので、それが恥だと思う気持ちが他の人よりなかったのかもしれません。
カッコ悪くて当たり前。
出来なければ聞く。やれるまでやる。

そういう感じでずっと生きてきました。
もちろん今もそう。

ネイルもそうやって、ダメなりに努力し、何とか卒業試験もクリア。

その後友人や口コミ中心でしたが、家でサロンのようなものを開き
施術を続けました。

面白いことに、スクールを卒業してマニキュアリストとしての活動を
続けたのは、一番出来の悪かった私だけだったと後から知りました。

正直に言えば、不器用なお陰で悔しい思い、辛いことなども
たくさんありました。

ですが、出来ない人だったおかげで、
色々なことが上手くいかずもどかしい人の気持ちはよくわかるし、
出来ないところから出来るようになる喜びみたいなものを常に体感できるのは、
ある意味私の特権で財産なのだと今では思います。




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