前回までのお話はこちら→① ②
自由な時間を満喫し出して少しした頃。
当時旅行をしたり、遊んでいた友人たちが次々と結婚していきました。
そんな時ふと、
自分の身になることに時間とお金を使ってみよう
そう思いました。
小中高、そして短大とほぼ地元を離れない生活。
学生生活も、家が厳しかったのと学校がつまらなかったことで
全く謳歌出来なかった。
だったら、都内の学校に通おう。
自由な時間を満喫し出して少しした頃。
当時旅行をしたり、遊んでいた友人たちが次々と結婚していきました。
そんな時ふと、
自分の身になることに時間とお金を使ってみよう
そう思いました。
小中高、そして短大とほぼ地元を離れない生活。
学生生活も、家が厳しかったのと学校がつまらなかったことで
全く謳歌出来なかった。
だったら、都内の学校に通おう。
どうせなら華やかな街がいい。
父は田舎から毎日都内へ通勤している。
だから自分も仕事をしながらでも週に一度ぐらい通えるだろう。
じゃぁ何を学ぶか?
当時私は、メイクやネイルに目覚め、日々楽しんでおりました。
手指が他の人より少しキレイだったということもあり、
マニキュアをすると映えるのかよく褒められていたのです。
ただそれだけの理由で(笑)ネイルスクールに通うことに。
そこから学校選びが始まりました。
当時は、カリスマネイリストなどがもてはやされるような時代で、
華美なネイルが流行っていました。
でも、何か違う・・・。
もっと普段使いで良いネイルはないものか?と思っていた時に
当時私は、メイクやネイルに目覚め、日々楽しんでおりました。
手指が他の人より少しキレイだったということもあり、
マニキュアをすると映えるのかよく褒められていたのです。
ただそれだけの理由で(笑)ネイルスクールに通うことに。
そこから学校選びが始まりました。
当時は、カリスマネイリストなどがもてはやされるような時代で、
華美なネイルが流行っていました。
でも、何か違う・・・。
もっと普段使いで良いネイルはないものか?と思っていた時に
銀座の老舗ネイルサロンと出会います。
そのサロンは、「自爪で美しく」をコンセプトとしているサロン。
そのため、施術者はネイリストではなくマニキュアリストと呼ばれていました。
直感でここだ!と思いました。
直感でここだ!と思いました。
マニ = 爪
キュア = ケア
マニキュアリストとは、つまり爪をケアする人。
このコンセプトが自分にしっくりきたのです。
ネイルの学校に行くと言いながら、実は一度もネイルサロンに
行ったことがなかった私。
このコンセプトが自分にしっくりきたのです。
ネイルの学校に行くと言いながら、実は一度もネイルサロンに
行ったことがなかった私。
まずは、通う学校の技術を体験しなくては
すぐに予約を入れて銀座に向かいました。
田舎者が突然銀座のサロンへ。ドキドキなんて半端じゃありません。
いざ施術をしてもらうと、その技術の高さにびっくり。
爪先をファイルで整え、甘皮を手入れしてもらい
カラーリングしてもらった指は、見違えるほと美しく生まれ変わっていました。
一緒に行った友人と、帰りの電車ではずっと自分の爪を眺め、
うっとりしっぱなし。
プロの技を体感し、何が何でもこの技術を身に着けたいと思いました。
その後、すぐに入学手続きを済ませ、
半年間毎週仕事が休みの土曜日に、銀座に通う日々が始まります。
銀座は20歳のころ初めて訪れ、
いつかここを堂々と歩けるようになりたいと思った街。
そこで学べる喜びをただただかみしめておりました

田舎者が突然銀座のサロンへ。ドキドキなんて半端じゃありません。
いざ施術をしてもらうと、その技術の高さにびっくり。
爪先をファイルで整え、甘皮を手入れしてもらい
カラーリングしてもらった指は、見違えるほと美しく生まれ変わっていました。
一緒に行った友人と、帰りの電車ではずっと自分の爪を眺め、
うっとりしっぱなし。
プロの技を体感し、何が何でもこの技術を身に着けたいと思いました。
その後、すぐに入学手続きを済ませ、
半年間毎週仕事が休みの土曜日に、銀座に通う日々が始まります。
銀座は20歳のころ初めて訪れ、
いつかここを堂々と歩けるようになりたいと思った街。
そこで学べる喜びをただただかみしめておりました


